2018.10.29 07:25第1章(立ち読み4/4) 廃港通りはその名の通り、どこを見ても廃れていた。朝から酒に溺れ地べたに寝転がる者や現行の港から仕事をもらってきた者たちが作業をしている。 人通りは少なくないが、小汚い男ばかりで知恵子に気づくと皆手を止め足を止め、舐めるように見つめる。目を合わせないようにしてもあちこちから視線を感じて気味が悪い。自ずと早足になっていた。&nb...
2018.10.28 05:22第1章(立ち読み3/4)二 知恵子は拍手の渦に立っていた。舞台の中央で観客席に向かって深くお辞儀をすると、拍手は徐々に収束していった。顔を上げた知恵子は眩しい照明に目を細める。 肌が焼けそうなほど熱い光に体中じっとりと汗が滲み、フルートを持つ手はカタカタ震えていた。知恵子は祈るようにフルートを胸にあて、そっと目を閉じた。 「大丈...
2018.10.27 00:54第1章(立ち読み2/4) 青年はギターを覆い隠すように、俯いたまま弦を弾いていた。長い前髪が顔を隠し、オーディエンスに表情は見えない。 構え直すか特殊な奏法を加える時にスイングする以外、特別パフォーマンスをするわけでもなく、演奏中ほとんど動かない。 起伏のないスタイルながら、彼の奏でる音は厚く、とてもギター一本とは思えないほど表情豊かだった。 彼が毎...
2018.10.26 01:43第1章(立ち読み1/4) 月は青い波に揺れていた。潮の香に紛れて泣く声は青年をいつまでも離そうとしなかった。風は優しくても彼女の不安や戸惑いを拭ってはくれない。青年が手を伸ばすと彼女は拒むように身を引いた。砂浜で重なるようにして続いた二人の足跡が、今、離れる。 「お時間です」 彼女は涙声でそう告げる。分かっているよと青年は頷く。しかしそこか...